50代男性、肌ケアがめんどくさいままでいい|風呂上がりに美容液を足しただけの話

50代男性、肌ケアがめんどくさいままでいい|風呂上がりに美容液を足しただけの話 乾燥・かゆみ対策

最近、風呂あがりに肌がちょっと突っ張るな、って感じることありません?
粉をふくほどじゃないんだけど、タオルで拭いたあとに、なんとなく違和感が残る感じ。昔はこんなの、まったく気にしてなかったんですけどね。不思議なもんで、50代に入ってから少しずつ気になるようになってきました。

とはいえ、正直なところ、肌ケアにはずっと距離を置いてきました。とりあえず化粧水を風呂上りに顔にぺちゃぺちゃするだけwww 基本「あー、めんどくさいな」ってなるタイプです。調べるのも嫌だし、新しい習慣を増やすのも無理。風呂は入って、拭いて、化粧水ぺちゃぺちゃして終わり。それで何十年もやってきたわけで、今さら変える必要ある?って思ってました。

そんな自分が、なぜか最近美容液使ってみよってねw。理由は大したことじゃなくて、なんとなく、ちょっとやってみるか、というその程度。意識が高くなったわけでもないし、若返りたいと思ったわけでもないんです。

最初は化粧水だけでしたし、正直「おお、すごい変わった!」みたいな感覚もなかったです。悪くはないかな、使わないよりはマシかな、そのくらい。でも続けているうちに、ふと「この上にもう一つ足したらどうなんだろ?」って思うようになりました。美容液って聞くと、ちょっと身構えちゃいますけどね。

実際にやってみて最初に変わったのは、肌そのものというより、気分でした。風呂あがりの時間が、ほんの少しだけ楽しくなったんですよ。何となく肌にいいことをしてる気がして、その日はいつもより気分がいい。これ、意外とバカにできない変化でした。

この記事では、50代のめんどくさがりなおっさんが、化粧水の上に美容液を足しただけで、肌だけじゃなく日常の感じ方が少し変わった、そんな話をしていきます。高いものは出てきませんし、正解を探す話でもないです。風呂あがりのついでにできたこと、その結果どうだったのか。そのあたりを、正直ベースで書いてみようと思います。

  1. 肌がカサついてきたけど、正直なところ何もしたくなかった
  2. ブログを書き始めてから、なぜか美容液を使うようになった
    1. 「肌ケアしよう」と思ったわけじゃない
    2. とりあえず「一番ハードルが低そうなやつ」から
    3. 続いた理由は「考えなくてよかった」から
    4. それでも、どこか物足りなさはあった
  3. 最初は化粧水だけだったけど、どこか物足りなかった
    1. 別に不満があったわけじゃないんだけど
    2. 「これで合ってるのか?」がずっと残ってた
    3. でも、工程を増やす気はなかった
    4. 「もう一手あるなら」くらいの軽さ
  4. 試しに美容液を足してみたら、肌より先に気分が変わった
    1. 正直、あまり期待はしてなかった
    2. 肌より先に「あ、なんかいいかも」と思ったのは気分だった
    3. 「肌にいいことしてる感」は、想像以上に効く
    4. 風呂あがりの時間が「作業」じゃなくなった
    5. 効果を測ろうとしなかったのが良かったのかもしれない
  5. ドラッグストアで選ぶ時間が、ちょっとした趣味みたいになった
    1. 美容というより、感覚はガジェットに近かった
    2. 容器の見た目で選ぶのも、意外とアリだった
    3. テスターを手につけて比べる時間が、思ったより楽しい
    4. 高い安いより「これ試してみるか」のノリ
    5. 「選ぶ楽しさ」があると、続ける理由になる
  6. 高いものじゃなくていい、安物で十分だと思えた理由
    1. 続けられないものが一番ムダになる
    2. 安いからこそ、気楽に使える
    3. 期待値を上げすぎないほうが、満足しやすい
    4. 肌ケアに「正解」を求めなくてよくなった
  7. 風呂上がりにやる、というのが自分には合っていた
    1. 習慣を「増やした感覚」がなかったのが大きい
    2. 「やるかどうか」を考えなくていいのが一番ラク
    3. 朝や寝る前だったら、多分続かなかった
    4. できなかった日があっても、気にしなくていい
  8. 肌のカサカサが気にならなくなってきたのは、後からだった
    1. 気づいたら「触らなくなっていた」
    2. 「治った」じゃなくて「気にならない」に近い
    3. 翌日の昼まで、少し持つようになった気がする
    4. 効果を意識しすぎなかったのが良かったのかもしれない
  9. 「肌ケアしてる俺」より「気分がいい俺」のほうが大事だった
    1. 若返りたいわけじゃないし、意識高くもなりたくない
    2. 気分が落ちない日が増えた、それだけで十分
    3. 「何となく良いことしてる感」は、ちゃんと効く
    4. 肌ケアは目的じゃなく、生活をラクにする手段だった
  10. めんどくさがりの50代男性でも続いた理由
    1. 工程が少ない、それだけでハードルは一気に下がる
    2. 効果を実感しようとしなかったのが良かった
    3. 忘れても、自分を責めなくていい
    4. 「やらなきゃ」じゃなく「やっとくか」くらいがちょうどいい
  11. これからも多分、安物を気楽に使い続けると思う
    1. 「これがベストか?」は考えなくなった
    2. 合わなきゃやめる、それだけの話
    3. たぶんこれからも、ちょっとずつ変わっていく
    4. 「ちゃんとやってる感」より「嫌じゃない感」
  12. まとめ|風呂上がりに一手間あるだけで、気分は意外と変わる

肌がカサついてきたけど、正直なところ何もしたくなかった

50代になるまで、正直言って肌のことなんてほとんど考えたことがなかったんですよね。若い頃は何もしなくても平気だったし、冬でも粉をふくようなことはなかった。多少荒れても「まあ、こんなもんでしょ」で済ませてきました。

それが、いつの間にか変わってきたんです。明確なタイミングがあったわけじゃないんですけど、ある日ふと、風呂あがりに「あれ?なんか違うな」って思ったんですよね。突っ張る感じがあったり、腕やすねを触るとカサッとしてたり。別に我慢できないほどじゃないんだけど、気づいてしまうと地味に気になる。これ、ありますよね?

とはいえ、その時点で「よし、肌ケアしよう!」とはならなかったんです。むしろ逆で、「めんどくさいなぁ」が先に来る。化粧水だの美容液だの、考え始めた瞬間に頭がシャットダウンする感じ。調べるのも嫌だし、何が正解か分からないし、そもそも習慣を増やす余裕もない。長年、何もしないでやってきたわけですから、今さら変える理由が見つからなかったんですよね。

それに、どこかで「男がそこまでやらなくてもいいんじゃない?」って気持ちもありました。スキンケアって聞くと、どうしても意識高そうな世界を想像しちゃうじゃないですか。高いものを揃えて、手順も多くて、毎日きっちりやる…みたいな。あれを自分が続けられる気が、どう考えてもしなかった。

だから当時の自分は、肌がカサついてきてることには気づいてる。でも、だからといって何かを始めるつもりもない。ちょっと不快だけど、まあ我慢できるし、この歳だし仕方ないよね、ってところに落ち着いてました。多分、この状態の人、結構多いんじゃないかなと思います。

ブログを書き始めてから、なぜか美容液を使うようになった

「肌ケアしよう」と思ったわけじゃない

正直に言うと、ブログを書き始めたからといって、「よし、肌ケアも本気でやろう」なんて気持ちになったわけじゃないんですよね。そんな意識高い話ではなくて、もっとゆるい感じでした。あくまでブログのネタとして、「一応やってみるか」くらい。その程度です。

せっかくこのブログを書いてるのだからとりあえず化粧水+美容液くらいは使ってみようかな、という流れでした。別に変わらなくてもいいし、続かなかったらそれまで、くらいの軽さです。

とりあえず「一番ハードルが低そうなやつ」から

最初に選んだ美容液も、特別なものじゃありません。先日ドンキで別の買い物があっていった時、シャンプーを切らしてたのを思い出し・・・
「」一番よく見るやつ、値段も安めで、とにかく迷わなさそうなものを選びました。成分がどうとか、効能がどうとか、正直その時はまったく気にしてなかったです。選ぶ基準は、「めんどくさくなさそう」、それだけ。

家に持ち帰って、風呂あがりに使ってみた感想も、「あ、冷たいな」くらい。劇的な変化なんて当然ありませんし、「これで全部解決!」みたいな感じでもない。でも、使った直後の突っ張り感は、少しマシになった気がしました。気がした、くらいですけどね。

続いた理由は「考えなくてよかった」から

不思議なもので、化粧水を使うこと自体は、思ったより苦じゃなかったんです。なぜかというと、やるタイミングが完全に決まってたから。風呂から出たら、タオルで拭いて、その流れでサッとつける。それだけ。やるかやらないかを考える余地がないんですよね。

これ、めんどくさがりにはかなり大きいポイントじゃないかなと思います。朝はバタバタするし、夜寝る前は眠い。でも風呂あがりなら、まだ体も起きてるし、流れの中でついでにできる。習慣というより、「動作の一部」って感じでした。

それでも、どこか物足りなさはあった

ただ、しばらく使っているうちに、正直な気持ちも出てきました。「悪くはないけど、これだけでいいのかな?」ってやつです。カサつきは前よりマシになった気もする。でも、何かが決定的に変わった感じもしない。劇的な実感を求めてるわけじゃないけど、どこかモヤっとする。

とはいえ、ここでいきなり本格的なスキンケアに走る気は、まったくなかったです。工程増えるのは無理ですし、高いものを調べ始めたら、それだけで疲れちゃうじゃないですか。あくまで「めんどくさくならない範囲」で、何かもう一手あるなら…くらいの感覚でした。

最初は化粧水だけだったけど、どこか物足りなかった

別に不満があったわけじゃないんだけど

化粧水を使うようになってから、極端に困ることは減ったんですよね。風呂あがりに肌が突っ張って「うわ、乾いたな…」って感じることも少なくなったし、前よりは明らかにマシ。だからと言って、「これ最高!」とか「人生変わった!」みたいな感覚があったわけでもないんです。

不満がある、というよりは、ちょっとした違和感。
悪くはない。でも、これで完成なのか?というモヤっとした感じです。分かります?この「別に文句はないけど、なんか足りない」ってやつ。

「これで合ってるのか?」がずっと残ってた

化粧水を使い続けていると、ふと頭をよぎるんですよね。「これ、ちゃんとケアできてるんだろうか?」って。誰に聞くわけでもないし、調べるほどの熱量もない。ただ、なんとなく、これだけで十分なのか分からない感じ。

特に、翌日の昼くらいになると、また少しカサついてきたような気がする日もある。「昨日ちゃんとやったよな?」って思いながら、腕を触ってみたりして。別にひどく乾燥してるわけじゃないんですけど、完全に気にならなくなったわけでもない。この中途半端さが、少し引っかかってました。

でも、工程を増やす気はなかった

ここで大事なのは、だからといって「じゃあ本格的に勉強しよう」とは一切ならなかった、ってところなんですよね。成分がどうとか、順番がどうとか、正直そんなこと考え始めたら終わりです。めんどくさがりな自分には、続く未来がまったく見えない。

選択肢が増えるのも嫌でした。
「これもやって、次はこれ」みたいな流れになると、それだけでストレスになる。あくまで、風呂あがりの流れを壊さない範囲。これが崩れたら、たぶん一気に全部やめてたと思います。

「もう一手あるなら」くらいの軽さ

そんな時に浮かんだのが、「化粧水の上に、もう何か足すってどうなんだろ?」という発想でした。深い理由はないです。本当に、何となく。化粧水だけだと水分だけで終わってる感じがするし、その上に何か乗せるだけなら、そこまで手間も増えないんじゃないか、と。

ただ、「美容液」という言葉には、正直ちょっと身構えました。響きがもう、美容に全振りしてるじゃないですか。自分が使っていいものなのか?って思いましたし、高そうだし、難しそうだし。でも一方で、「一回試すくらいなら…」という気持ちも、確実にありました。

このあたりからですね。
肌をどうこうしたい、というより、「今のやり方に、無理なく何か足せるならやってみてもいいかな」と思い始めたのは。

試しに美容液を足してみたら、肌より先に気分が変わった

正直、あまり期待はしてなかった

美容液を使い始めたと言っても、最初から大きな期待があったわけじゃないんです。むしろ、「どうせそんなに変わらないだろ」くらいに思ってました。化粧水の上にちょっと足すだけで、劇的に何かが変わるとも思えないですしね。

なので、最初の数日は半信半疑でした。化粧水をつけて、その上に美容液をちょんと出して、手のひらで伸ばして顔や腕につける。それだけ。工程がひとつ増えただけなのに、「これで合ってる?」って思いながらやってました。

肌より先に「あ、なんかいいかも」と思ったのは気分だった

不思議だったのは、最初に変化を感じたのが肌じゃなかったことです。カサカサが一気に消えたとか、触った瞬間に全然違うとか、そういう分かりやすい話ではなかった。でも、風呂あがりの時間の感じ方が、ちょっとだけ変わったんですよね。

化粧水だけのときは、「とりあえずやっとくか」だったのが、美容液を足した日は、「ああ、今日はちゃんとやったな」みたいな感覚が残る。誰に褒められるわけでもないし、結果がすぐ出るわけでもないけど、何となく満足感がある。これ、思ったより大きかったです。

「肌にいいことしてる感」は、想像以上に効く

この「何となく肌にいいことをしてる気がする」って感覚、正直ちょっとバカにしてたんです。でも実際にやってみると、意外と効きます。自己満足なんでしょうけど、それでいいんですよね。風呂あがりに鏡を見て、「まあ悪くないんじゃない?」って思えるだけで、その後の時間の気分が違う。

夜の過ごし方も、少し変わりました。ダラっとテレビを見るだけの時間でも、どこか気分が落ち着いてる。肌を触って確認する回数も増えたし、「今日はカサついてないな」って思える日が少しずつ増えてきた気がします。

風呂あがりの時間が「作業」じゃなくなった

もうひとつ大きかったのは、風呂あがりの時間が、単なる作業じゃなくなったことです。拭いて終わり、から、拭いて、化粧水つけて、美容液を足す、という流れができた。その数分が、なぜかちょっと楽しい。

面倒に感じるどころか、「あ、あれやるか」って自然に手が伸びる。これがもし朝だったら絶対続かなかったと思いますし、寝る前だったら眠さに負けてました。風呂あがりだからこそ、気分の変化を受け入れやすかったんだと思います。

効果を測ろうとしなかったのが良かったのかもしれない

美容液を使い始めてからも、「どれだけ改善したか」をちゃんと測ろうとはしませんでした。数値もないし、比較写真も撮ってない。ただ、「今日はどうかな?」くらいの軽いチェックだけ。それくらいの距離感だから、続いてるんだと思います。

気がついたら、化粧水だけの日より、肌に触れたときの違和感が減ってました。でも、それに気づいたのは、だいぶ後になってからです。先にあったのは、気分の変化。そのあとに、「そういえば最近カサつき、あんまり気にならないな」って思うようになった、そんな順番でした。

ドラッグストアで選ぶ時間が、ちょっとした趣味みたいになった

美容というより、感覚はガジェットに近かった

美容液を使うようになってから、ドラッグストアに行くと、今まで完全スルーしてた棚が気になるようになりました。昔はそこ、視界にすら入ってなかったんですけどね。
で、じっくり見てみると、「あ、これガジェット選ぶ感覚に近いな」って思ったんですよ。

最新モデル!とか、性能がどうとかじゃなくて、「どんな使い心地なんだろ」「今の自分にはこれで十分かな」みたいな感じ。工具やガジェットをちょっとずつ増やしていく感覚、あれにかなり似てました。

容器の見た目で選ぶのも、意外とアリだった

最初は成分とか効果とか、よく分からないじゃないですか。分からないなら、もう見た目でいいや、って割り切りました。容器がシンプルとか、変に派手じゃないとか、それくらいの基準です。

これ、今思うと結構大事だった気がします。置いてあっても嫌じゃない、むしろ「ちょっといいじゃん」くらいに思えると、使うときの気分が違うんですよね。どうせ毎日手に取るなら、見た目も悪くないほうがいい。これって普通の話ですよね。

テスターを手につけて比べる時間が、思ったより楽しい

それまでテスターなんて、完全に他人事でした。でも試しに手につけてみると、「あ、これベタつかないな」とか、「これはすぐサラッとするな」とか、ちゃんと違いが分かるんですよ。

顔につける前に、まず手。これがちょうどいい。
匂いも確認できるし、伸び具合も分かるし、「これなら嫌じゃないな」って判断もしやすい。なんというか、選んでる感がちゃんとあるんです。ただ買って終わり、じゃなくて、触って比べて納得する。この過程が、意外と楽しかった。

高い安いより「これ試してみるか」のノリ

価格についても、考え方が変わりました。
高いから良さそう、じゃなくて、「これくらいなら、試してもいいか」。そのノリです。失敗してもダメージが少ないし、合わなければ次に行けばいい。それくらいの距離感が、自分にはちょうどよかった。

これって、ガジェットや工具を買うときと同じですよね。いきなり最高級を狙わない。まずは使ってみて、自分に合うかどうかを見る。その感覚で選べたから、構えずに済んだんだと思います。

「選ぶ楽しさ」があると、続ける理由になる

正直、肌の調子そのものより、この「選ぶ時間」が楽しくなったのは大きかったです。今日はどれ使おうかな、次はこれも試してみようかな、そんなことを考える余地があるだけで、風呂あがりの一連の流れが作業じゃなくなる。

めんどくさがりでも、楽しさが少しでもあれば続く。
これ、肌ケアに限らず、何でもそうですよね。やらなきゃいけないこと、じゃなくて、ちょっと触りたくなるものになる。それが、自分にとっての一番の変化だった気がします。

高いものじゃなくていい、安物で十分だと思えた理由

続けられないものが一番ムダになる

これ、やってみて一番実感したことかもしれません。どんなに評判がよくても、どんなに効果があると言われてても、続かなければ意味がない。自分の場合、これに尽きました。

高い美容液を買ったとしたら、多分それなりに気を使うと思うんです。量をケチったり、使うタイミングを気にしたり、下手すると「今日はもったいないからやめとくか」なんて思い始めるかもしれない。そうなると、もう本末転倒ですよね。

安いからこそ、気楽に使える

安物だと、いい意味で雑に使えます。ちょっと多めに出しても気にならないし、「まあ、今日は多めでもいいか」って思える。この気楽さが、自分にはかなり合ってました。

肌ケアって、気を張らないほうが続くんだな、と初めて分かった気がします。きっちりやろうとすると疲れるし、完璧を目指すと嫌になる。安いものなら、「合わなきゃやめればいいや」くらいの距離感でいられる。それが、結果的に毎日の習慣につながりました。

期待値を上げすぎないほうが、満足しやすい

高いものを使うと、どうしても期待値が上がりますよね。「これだけ払ったんだから、ちゃんと効いてくれよ」って。で、思ったほど変わらないと、がっかりする。その落差がしんどい。

安いものだと、最初からハードルが低い。「まあ、この値段ならこんなもんでしょ」くらいで使い始められる。でも、実際にカサつきが減ったり、風呂あがりの不快感が減ったりすると、「あ、意外といいじゃん」ってなる。この上振れ感が、ちょっと嬉しいんですよね。

肌ケアに「正解」を求めなくてよくなった

安物で十分だと思えるようになってから、変な比較もしなくなりました。あれがいいとか、これがダメとか、そういう話に振り回されない。自分の肌にとって「嫌じゃないか」「続けられるか」だけを基準にできるようになった。

これって、かなり精神的に楽です。正解を探すのをやめた瞬間に、肌ケアが一気に軽くなりました。あくまで生活の一部。頑張るものじゃなくて、ついでにやるもの。その位置づけに落とし込めたのは、安物から始めたおかげだったと思います。

風呂上がりにやる、というのが自分には合っていた

習慣を「増やした感覚」がなかったのが大きい

これ、振り返ってみるとかなり重要なポイントでした。
化粧水+美容液を使うようになったとはいえ、「新しい習慣を始めた」という感覚はほとんどなかったんですよね。

なぜかというと、風呂上がりの流れにそのまま組み込まれていたから。
風呂に入る → タオルで拭く → そのまま化粧水 → ついでに美容液。
この一連の動きが、最初から最後まで同じ場所、同じタイミングで完結する。これが本当に楽でした。

「やるかどうか」を考えなくていいのが一番ラク

めんどくさがりにとって一番しんどいのって、実は作業そのものじゃなくて、「やるかどうかを考える時間」なんですよね。
朝、忙しい中で「今日はやる?やらない?」とか、寝る前に「もう眠いし、今日はいいか…」って迷い始めると、負けるのはだいたい自分です。

でも風呂上がりだと、その迷いがない。
体拭いたら流れで手に取る。それだけ。気合も決意もいらない。考えなくていいって、こんなに続けやすいんだな、って思いました。

朝や寝る前だったら、多分続かなかった

これが朝だったらどうだったか。たぶん三日で終わってたと思います。
出かける準備でバタバタしてる中で、手に何か塗る余裕なんてないですよね。
寝る前も同じで、布団に入る直前って、もう何もしたくないじゃないですか。

その点、風呂上がりって、ちょっと余白があるんですよね。
体も温まってるし、時間にも気持ちにも少しだけ余裕がある。そのタイミングを選んだのは、結果的にかなり正解だったと思います。

できなかった日があっても、気にしなくていい

もうひとつ良かったのは、できなかった日があっても、あまり気にならなかったことです。
疲れてて風呂入ってすぐ寝ちゃった日とか、まあありますよね。でも「やらなきゃダメだった…」って罪悪感はほとんどなかった。

次の日、風呂上がりにまたやればいい。
このくらいの軽さだから続いてるんだと思います。完璧を目指さない、抜けても戻れる。これも、風呂上がり習慣の強さなんじゃないかなと感じてます。

肌のカサカサが気にならなくなってきたのは、後からだった

気づいたら「触らなくなっていた」

美容液を使い始めた直後に、「お、効いてる!」みたいな実感があったわけじゃないんです。むしろ、しばらくの間は「まあ、こんなもんかな」という感じ。それでも、ある時ふと気づいたんですよね。最近、あまり肌を触って確認しなくなってるな、って。

以前は、無意識に腕やすねを触って、「今日はカサついてるな」とか「ちょっと粉ふいてるかも」とか、ちょいちょい確認してました。でもいつの間にか、その動作自体が減ってた。これ、かなり大きな変化でした。

「治った」じゃなくて「気にならない」に近い

この変化、劇的なビフォーアフターがあるわけじゃありません。見た目がガラッと変わったわけでもないし、誰かに「肌きれいになった?」って言われたこともない。でも、自分の中では確実に違いました。

言い方を選ぶなら、「治った」というより「気にならなくなった」って感じです。
これ、めんどくさがりにはすごく大事で、完全にゼロじゃなくていいんですよね。不快じゃなければ、それで十分。日常で引っかかるポイントが一つ減った、それくらいでちょうどいい。

翌日の昼まで、少し持つようになった気がする

個人的に「あ、これ前と違うな」と思ったのは、翌日の昼くらいです。
前は、朝はまあまあでも、昼頃になるとまた乾燥してきたような感覚がありました。でも最近は、昼過ぎまで特に気にならない日が増えてきた。

もちろん、日によって違いますし、環境や天候の影響もあると思います。それでも、「毎日気になる」から「たまに気になる」くらいに変わったのは、かなり楽でした。

効果を意識しすぎなかったのが良かったのかもしれない

振り返って思うのは、効果をちゃんと測ろうとしなかったのが、結果的によかったのかもしれない、ということです。
毎日チェックして、「昨日よりどうだ」とかやり始めたら、多分疲れてたと思います。

風呂上がりに塗って、あとは忘れる。
気にならなければOK。気になったら、またやる。それくらいの距離感だから、自然に続いたし、結果としてカサつきも落ち着いてきた。順番としては、
気分が変わった → 習慣が続いた → 気づいたら肌もマシになってた
この流れだったんだと思います。

「肌ケアしてる俺」より「気分がいい俺」のほうが大事だった

若返りたいわけじゃないし、意識高くもなりたくない

正直に言うと、肌ケアを始めた理由に「若返りたい」という気持ちはほとんどありません。シワを消したいとか、年齢に抗いたいとか、そういうモチベーションじゃないんですよね。そもそも、そこまで気合を入れるつもりもなかったですし。

スキンケアって聞くと、どうしても「ちゃんとやってます感」がついて回る感じがして、それが少し苦手でした。毎日きっちり工程をこなして、効果を追いかけて、っていう世界。自分はそこに入りたいわけじゃない。ただ、不快な状態が減ればいい。それだけでした。

気分が落ちない日が増えた、それだけで十分

美容液を使うようになってから、何かが劇的に変わったわけじゃありません。でも、確実に変わったものがあります。それが気分です。
朝起きたときや、風呂あがりに肌を触ったとき、「あ、今日はそんなに嫌じゃないな」と思える日が増えた。これ、地味だけど結構大きい。

50代になると、体のあちこちに小さな不快が増えてきますよね。腰が重いとか、目が疲れるとか、肌が乾くとか。その一つひとつは我慢できるレベルでも、積み重なると地味にストレスになる。その中で、ひとつでも減るなら、それだけで十分価値があると思います。

「何となく良いことしてる感」は、ちゃんと効く

最初は、この「何となく肌にいいことしてる感」を、ちょっとバカにしてました。気のせいでしょ、自己満足でしょって。でも、やってみると分かるんですよね。これ、ちゃんと効きます。

毎日の中で、「まあ今日も悪くないかな」って思える瞬間があると、全体の気分も少し上がる。別に誰に見せるわけでもないし、評価されるわけでもない。ただ、自分の中で小さく納得できる。それだけで、日常が少しマシになるんですよ。

肌ケアは目的じゃなく、生活をラクにする手段だった

今ならはっきり言えます。
自分にとって肌ケアは、目的じゃなくて手段でした。キレイになることがゴールじゃない。生活の中の不快をひとつ減らすこと、そのための道具のひとつだった、という感じです。

そう考えるようになってから、スキンケアへのハードルが一気に下がりました。頑張らなくていいし、続けられなくなったらやめればいい。気分が下がらない程度に、ちょっとだけ手をかける。その距離感が、自分にはちょうどよかったんだと思います。

めんどくさがりの50代男性でも続いた理由

工程が少ない、それだけでハードルは一気に下がる

続いた一番の理由は、やっぱり工程の少なさでした。
風呂あがりに、化粧水をつけて、その上に美容液を足す。それだけ。これ以上増えたら、たぶんどこかで止まってたと思います。

世の中には、化粧水の前後に何種類も使うやり方もありますけど、自分には無理でした。覚えられないし、考えたくもない。順番を気にする時点で、もう面倒なんですよね。シンプルだったからこそ、「これなら続くかも」と思えました。

効果を実感しようとしなかったのが良かった

これも大きかったです。
毎日「今日どうだ?」ってチェックして、変化を探してたら、確実に疲れてたと思います。肌って、そんなに分かりやすく変わるもんじゃないですしね。

自分は、風呂あがりにつけて、あとは忘れる。気にならなければOK。これくらいの温度感で続けてました。結果的に、後から「あれ、最近マシだな」って気づけた。この順番がよかったんだと思います。

忘れても、自分を責めなくていい

正直、毎日完璧にできてるわけじゃありません。
疲れてる日もあるし、飲んで帰ってきて、そのまま寝ちゃう日もありますよね。でも、そういう日があっても、「まあいいか」で済ませられた。

次の日、またやればいい。
このくらいの軽さがないと、めんどくさがりは続きません。やらなかった日を反省し始めたら、その時点で嫌になっちゃいますから。

「やらなきゃ」じゃなく「やっとくか」くらいがちょうどいい

今の感覚に一番近いのは、「やらなきゃ」じゃなくて「やっとくか」です。
風呂から出て、タオルで拭いて、「あ、そうだ」って手に取る。気合も決意もいらない。やらない日があっても、戻る場所がある。それだけで十分でした。

多分これ、肌ケアに限らず、50代から何かを続けるときのコツなんじゃないかなと思ってます。無理をしない、期待しすぎない、頑張らない。でも、完全に放置もしない。そのちょうど真ん中くらい。

これからも多分、安物を気楽に使い続けると思う

「これがベストか?」は考えなくなった

今使っている化粧水や美容液が、自分にとってのベストかどうか。正直、それはもう分からないし、あまり考えてもいません。前だったら、もっといいものがあるんじゃないか、とか、ランキングを見て比べたりしてたかもしれません。でも今は、「これで困ってないなら、それでいいじゃない?」って感覚です。

50代になって思うんですけど、全部に正解を求めるのって、結構しんどいんですよね。仕事でも趣味でも、もう十分やってきた。肌ケアくらい、もっと適当でいい。そう思えるようになりました。

合わなきゃやめる、それだけの話

もし今使っているものが合わなくなったら?
そのときは、やめればいいだけです。別に無理して使い切る必要もないし、次に行けばいい。安物だから、それができる。この身軽さは、想像以上にラクでした。

高いものだと、「せっかく買ったし…」って気持ちが先に立って、合わなくても我慢しちゃいそうですよね。それって、肌にも気分にもあまり良くない気がします。安いからこそ、判断がシンプルになる。そのシンプルさが、自分には合ってました。

たぶんこれからも、ちょっとずつ変わっていく

今後ずっと同じものを使い続けるか、と言われたら、多分そんなこともないと思います。季節が変わったり、肌の調子が変わったりしたら、またドラッグストアで別のものを選ぶでしょう。そのときも、深く考えずに、「今日はこれにしようかな」くらいのノリで。

それでいいと思ってます。
肌ケアは、続けることが目的じゃなくて、生活が少しラクになることが目的。そのために、道具をその時々で入れ替える。それくらいの距離感が、今の自分にはちょうどいい。

「ちゃんとやってる感」より「嫌じゃない感」

昔の自分だったら、「ちゃんとやれてない」と思ってたかもしれません。でも今は、「嫌じゃないならOK」という基準で十分だと思っています。
風呂あがりに、肌を触ってみて、「まあ悪くないな」と思える。それで、その日の気分が少し上がる。それが続いているなら、もう成功じゃないでしょうか。

まとめ|風呂上がりに一手間あるだけで、気分は意外と変わる

振り返ってみると、肌をどうにかしたくて始めた、という感じではなかったんですよね。
カサカサが気になり始めたとはいえ、本格的にケアしようと思っていたわけでもないし、正直なところ「めんどくさい」が勝っていました。ただ、このブログをきっかけに、風呂上がりに化粧水を使うようになって、そこに美容液をひとつ足してみただけ。それだけの話です。

でも、その「それだけ」が、思っていたより大きかった。
肌が劇的に変わった、というより、風呂上がりの時間が少し楽しくなったり、ドラッグストアで選ぶ時間がちょっとした気分転換になったり、「何となく肌にいいことしてる気がする」ことで気分が上がったり。そういう小さな変化が積み重なって、結果的にカサつきも気にならなくなってきた、という順番でした。

高いものを使ったわけでもないし、正解を探したわけでもありません。
安物でもいいから、風呂上がりの流れにそっと入れる。それだけで、めんどくさがりでも割とすんなり受け入れられる習慣になる。自分にとっては、それが一番しっくりきました。

もし今、肌のカサつきが少し気になっているけど、何をするのも面倒だなと思っているなら、いきなり完璧を目指さなくていいと思います。風呂上がりに、ひとつ足すだけ。続かなければやめてもいいし、合わなければ変えればいい。そのくらいの気楽さで十分です。

肌ケアって、頑張るものじゃなくて、生活をちょっとラクにするためのもの。
気分が少しマシになるなら、それはもう立派な効果じゃないかな、なんて思っています。

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